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第4章 健太(下)

last update Last Updated: 2025-11-24 01:51:21

 放課後。

 村の分校には、小さな図書室があった。窓は一つだけで、午後になると山の影が棚の上に伸びて、紙魚の食んだ背表紙が灰色に浮き上がる。

 健太はその隅の机をいつものように選んだ。椅子を引く音が響かないよう、足で床を押さえながらゆっくり腰を下ろす。指先でページの角を撫でる癖が、今日も自然に出た。

 家では、夕方になると土の匂いが濃くなる。父も兄たちも畑に出て、肩で風を切るように歩く。健太だけが細く白い腕をして、鍬を持ってもすぐに手のひらを痛めた。

 「お前は母さんに似たんじゃな」と、何度も言われた。亡くなった母が残していった本を読むたび、その言葉を思い出す。悪気のない言葉が、鏡を見るたび胸のどこかを沈ませる。だから、ここに来る。紙と文字のある場所に。

 鉛筆を取り、ノートを開く。表紙の裏に、薄く練習した跡が幾重にも残っている。今日は、清書するつもりだった。あゆみ――ひらがな三つの、その並びを指でなぞる。

 ゆっくり、力を入れすぎないように。けれど、二画目でいつも筆圧が上がってしまう。紙がきしんだ。慌てて力を抜くと、線が震える。指先に汗が滲み、鉛筆が滑る。袖で掌を拭い、小さく咳払いをして姿勢を直した。

 (これがきれいに書けたら、渡そう)

 胸の奥で、声にならない声が立ち上がる。手紙の言葉は昨夜から何度も考えた。

「あゆみへ。図書室でいっしょに本を読まない? お勧めの本があるけん」

 ――文面はそれだけ。長くしないほうが、きっといい。書き出してすぐ、健太は鉛筆を置いた。紙の白さが眩しい。

 指で「あ」の文字をもう一度なぞって確かめる。文字をなぞる癖は、亡くなった母に絵本を読んでもらっていた名残りだった。見えづらいわけじゃない。ただ、指が通ったところだけ、言葉が本当に立ち上がる気がするのだ。

 「健太?」

 ドアが控えめに開いて、美穂が顔を出した。初等部の子供たちの相手をした後らしく、頬がまだ赤い。健太は無意識にノートを閉じ、胸の前に引き寄せた。鉛筆がころんと机から落ちる。

 「ごめん、邪魔したと? 本、返しにきただけじゃけぇ」

 美穂の声に、いつもよりほんの少し息が混じっているのに健太は気づかない。

「ううん、大丈夫じゃ……他の連中は?」

「あゆみと清音は帰ったんよ。梓ちゃんは何か行くとこがあるって……」

「行くとこ?」

「診療所に行くんじゃと。先生に見てもろう
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